箱鞴と野鍛冶屋さん
先日譲って頂いた民具の内の一つ、箱鞴。レバーを引くと中の仕切りが前後に動き、箱に空いた穴から風を出すというもので、所謂昔の送風機です。箱には弁がついており、レバーを引いても、押しても風が出るような仕組みになっています。
譲って頂いた箱鞴
鍛冶で鉄を熱する際、炭を激しく燃焼させて温度を上げるために、こういった箱鞴で送風して燃焼を促します。その他、古式なたたら製鉄の絵図でもこの箱鞴を使って送風をしている場面が描かれていたりします。
とはいえ、今は鍛冶屋さんも機械の送風機を使ったりしているので、箱鞴を現役で使っておられる方は殆どおられません。ただ、以前青森で訪ねた野鍛冶屋さんは、今もこの箱鞴を使って鍛冶をされていました。
「フオー」という炭が燃焼する静かな音と、その静かさとは裏腹に黄色や青色の炎を上げて激しく燃焼する炭の様子が印象的でした。「その箱鞴はいつから使っておられるのですか?」と聞くと、「私で三代目なので、もう百年以上にもなりますね。」とのことでした。
「今はスプリングハンマーと送風機が主流だから、箱鞴は需要がなくて作れる人もいなくなっているのね。その上、箱鞴を作ろうと思うとそれだけの大きな柾目の板が必要になるし、今はそんな立派な木もなかなかないしね。」とのこと。箱鞴は作る材料的にも、作り手的にも今や貴重な民具のようです。
このとき訪ねた野鍛冶屋さんは鍛冶道具として昔ながらの箱鞴を使用している上に、鍛造も自動のスプリングハンマーではなく、自ら槌を振るう正真正銘の手打ちでした。「時代に乗り損ねちゃって。年も年だからこのままできるところまでやろうと思って」
しばしば奥さんも大槌を振るい、一緒に鍛造を行います。大槌を入れるタイミングなど、聞いていても一切言葉でのやり取りはありません。「キーン、コン、キーン、コン」と澄んだ金属音が作業場に響きます。注意深く聞いていると金床を小槌で打つ音に合図があり、それで意思疎通をしておられるようです。「相槌を打つ」とは鍛冶の作業からできた言葉ですが、息の合った二人の作業を見ていると「相槌」が素敵な言葉に感じました。
「送風機もハンマーも機械化すれば量は作れるけれど、今の時代に量を作っても売れるわけでもないしねえ。自分が作っているのはオーダーメイドのようなもの。」
現在は万人向けの道具の他に地場産業の肉の包丁や竹細工など特殊な人たちの道具作りに携わっておられるとの事。
「そういった道具は数を作るわけじゃないでしょ。だから、よその大きな鍛冶屋さんに言っても作ってくれる人もいないわけね。そうすると(産業に携わる)その人たちも、次の代が生まれないわけでしょ。そこで終わっちゃいますもんね。みなさんに向くやつ(万人向けの道具)だと作ってくれるんだけど、もう特殊な人たちが使っているやつだと、そこの地域毎、人毎に微妙に道具が違うわけですよね。」
竹細工の道具は取り扱って十数年になるものの、地方や人によって使う道具が微妙に違ったりするので、未だに見たことのない道具を頼まれることもあるとのこと。特定の農産物を処理するための道具も、お客さんとやりとりをしながら改良し、八年かけて完成させたと伺いました。
ぼくが訪問した際には「魚の頭を二つに割りたいっていうお客さんに頼まれて…」と、それに合った鉈を作っておられました。
「ものつくりってお金にはならないとは思うんだけど、色んな人との交流を持ちながら、また色んなものに挑戦させてもらえるっていうのはありがたいことだと思うね。ほんとはそこにお金がつけば一番いいんだけどね。」と野鍛冶屋さんは笑って話しておられました。
OK
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