2019/01/08

竹で石を穿つ 古代の方法で勾玉を作る
1/08/2019

竹で石を穿つ 古代の方法で勾玉を作る



先史から古代にかけて、日本で作られていた装身具の一種に勾玉というものがあります。この勾玉について調べていてふと疑問が。

大昔の人は硬い石に一体どうやって穴を空けていたのか?

調べてみると、竹を使って石に穴を空けていたそうです。そんなあほなー!
というわけで実際にやってみました。


勾玉の素材は石・土・金属・ガラス・骨など色々なものがありますが、よく知られているものは、ヒスイやメノウ、碧玉(水晶)などのとても硬い石でできています。

硬さを表す目安にモース硬度というものがありますが、勾玉に使われるこれらの石のモース硬度はおおよそ7くらいです。
身近なものであれば、ガラスが5程度、一般的に工具に使われるような鋼が6、ナイフの刃が5.5、釘などの軟鉄だと4~5です。
硬度の低いものは、より硬度の高いものに対して傷をつけることができません。

縄文時代のヒスイ勾玉たち

どうやら鉄器が入ってきてからは錐状の鉄器で石を打欠くような方法で少しづつ穴を空けていたとか、鉄器の先により硬い石の粉をつけながら、削るように穴をあけていたようです。
で、それよりもっと遡ると、竹ひごの先に、穴をあけたい石より、さらに硬度の高い石の粉末を付けて、穴を削りあけていたとか。(所説あり)

現代の工具にも鋼の棒に人工ダイヤモンド(ダイヤは硬度10)を付着させたダイヤモンドビットなるものがあります。5000年前にダイヤモンドビットの前身があったわけです。

ただ、大昔そんな身近にダイヤがあるわけもなく、使われていたのは石英(水晶)や柘榴石を粉にしたものと考えられています。

なにはともあれ素材集め


海や山で石英やメノウを拾い、それを材料にします

とりあえず穿孔のための研磨剤として手近な石英を採集し、その粉末でやってみたのですが、全く歯が立ちませんでした。3時間くらい、竹ひごに粉を付けて、もみぎり、粉を付けてもみぎりを繰り返しましたが、結果は傷がついた、かもしれない、いやついてない、という程度です。

仕方ないので柘榴石に鞍替え。ただ、柘榴石の産地が近くにない上に、今すぐ勾玉を作りたくて辛抱たまらん状態だったので、金剛砥石(柘榴石の粉末を固めた砥石)を購入し削り、その粉末を使う事に。天然の柘榴石を使うのは今後の課題です。

赤い石英(碧玉)を成形中。今回は穴あけが主なので、成形は砥石で。

本当は石器の要領で石を打ち欠いて成形するそうです。

穴あけ中。別に土台がコッヘルである必要はない。

竹を濡らす⇒粉をつける⇒もみぎり⇒削れたカスを水で洗う、の繰り返し

竹の棒をひたすらもみぎりで擦り続ける様は、まるで祈りを捧げている姿にもみえるな、とか考えながら、トータル20時間以上この作業を続けました。そしてついに

開通。厚さ1センチ程度の石英に穴を空けるのに20時間以上かかりました。

縄文時代は結構豊かで余裕のある生活をしていたという事が最近の研究で言われていますが、確かにこんなに悠長な方法でわざわざ石に穴をあけるって結構生活に余裕あるな、と思いました。それともノルマに追われて死にそうになりながら勾玉を作るブラック企業が昔もあったのでしょうか、わかりませんがとにかく縄文時間を体で感じることができたことには間違いありません。

余談ですが、この勾玉の穴が貫通した瞬間、自分ではどうしようもなかった数か月来の悩みが解決に向かい始め、その後数日で解決してしまうという珍事がおこりました。なんだか怪しいグッズの売り文句みたいで自分で書いていて不本意ですが。
ただ、もみぎり≒祈りポーズ説は、やっぱりありえるかも。とふと思いました。

あとは仕上げ成形をして、手でひたすら研磨をして完成

別の勾玉。白い部分は以前山を歩いていて拾った鹿の角で作った。

両方とも石英(碧玉)が素材です。緑色の方はダイヤモンドビットを棒に固定してもみぎりで穿孔するという現代的なのか原始的なのか、よくわからない方法で穴を空けましたが、8時間くらいかかりました。なお、こっちは穴が開いたときに悩みが解決したりはしていません。


石英・水晶・メノウ・碧玉は名前は違えど大まかにいえば全部石英の仲間です。
石英の中に鉄分などの不純物が入って色がつき、不透明になっているのが碧玉です。

というわけで、竹で石に穴を空けたのでした。穴を空けるだけでこんなに大変な石製装飾品、昔の人もさぞ大切にしたことと思います。ぼくも大切にします。

OK


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